「イディアサバルチーズはどう作られる?」 「濃厚な味わいの秘密は?」
特別なミルクと自然な作り方だからイディアサバルチーズは美味しい、と言われても、今ひとつイメージが湧かないかもしれません。
この記事では、 1000年以上の歴史で培われたイディアサバルチーズの作り方を紹介します。記事を読めば、イディアサバルチーズ独特の香りと味の理由がわかり、チーズをより深く楽しめます。
チーズ作りの工程は同じでも、作り手の経験や感覚でチーズに個性が生まれます。工業製品のように画一的な味わいでないのがイディアサバルチーズの魅力です。
イディアサバルチーズ作りの時期

イディアサバルのチーズ作りは、一年を通して行われるのではありません。ラチャ羊とカランサナ羊の搾乳が始まる晩秋から初冬にかけて行われ、、2月から6月にかけて最盛期を迎えます。
搾乳は自然の放牧サイクルに従い、出産後の羊のミルクを搾ります。最低60日以上の熟成期間を経て、初物チーズが市場に出回るのは4月頃です。毎年5月初旬には新しいイディアサバルチーズをお披露目する催しも行われます。
イディアサバルは自然とともに生まれ、自然の恵みを味わえるチーズなのです。
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1.搾乳と温め:無殺菌乳でイディアサバルの味を作る

※作業工程の写真は公式サイト「https://www.quesoidiazabal.eus」のビデオより使用しています。 (ビデオを見たい方はこちら)
イディアサバルのチーズ作りは、バスクの固有種ラチャ羊やカランサナ羊のミルクから始まります。これらの羊のミルクはチーズ作りに必要な脂肪分が豊富です。さらに夏の山で羊が食べる新鮮な草やハーブがミルクの風味を豊かにします。
イディアサバルチーズ作りでは、次の理由から無殺菌乳(生乳)の使用が義務付けられています。
- ミルク本来の風味を保つ
- 天然の乳酸菌を生かす
そのため、搾乳後のミルクは素早く丁寧に扱われます。ミルクは冷却後30℃前後に軽く温められ、ミルクの自然な酵素や微生物を活かして、チーズを味わい深くします。
2.凝乳:天然レンネットの力でミルクを固める

温めた羊乳に、仔羊の胃を乾燥させて作ったレンネットを刻んで加え凝固させます。ミルクが固まる(凝乳)と「カード」と呼ばれる固まりができます。
温めた羊乳に仔羊の胃を乾燥させて作った天然のレンネットを刻んで加え、ゆっくりと固めます。羊の胃にある天然の酵素がミルクを固め、「カード」と呼ばれるチーズのもとが生まれます。
機械の計測だけでなく実際にミルクに触れ、職人の経験でミルクを固める温度や時間を調整します。
3.カードのカットと攪拌:イディアサバルの食感を決める

凝乳で固めたミルク「カード」を細かくカットし、ゆっくりと攪拌します。こうして内部に含まれる水分(乳清=ホエイ)を分けて取り除きます。
切り方や粒の大きさで水分の抜け方が変わり、チーズの食感や熟成の進み方に大きく影響します。イディアサバルチーズでは、水分を抜きすぎず程よい密度を残し、羊乳らしい力強さとコクを保ちます。
攪拌も機械的ではなく、カードの崩れ具合や沈み方を見て進められます。カットと攪拌がイディアサバルチーズのしっかりとした食感と、長い熟成に耐える骨格を作ります。
型詰め・成形:イディアサバルの形を作る

カードの状態が整うと型詰めし成形します。水分を適度に含んだカードを円筒形の型へ移し、丸い形に整えます。カードは偏りがないよう均一に配置されます。わずかなムラが、後に熟成で割れや歪みとなって現れます。
型詰めでチーズの表皮の基礎が作られると、圧搾や熟成に進みます。
圧搾:イディアサバルの密度を高める

型に詰められたカードを布で包み圧搾します。重りやプレスで段階的に圧力をかけ、残った余分な水分(乳清=ホエイ)をゆっくりと排出します。圧搾でチーズの密度が高まり、イディアサバルチーズの引き締まったハードな食感が生まれます。
塩漬け:味・保存性・表皮を整える
圧搾を終えたチーズは塩漬けします。イディアサバルチーズは作り手により塩水に浸すか乾塩を直接擦り込みます。
塩漬けは塩味を加えるためだけではありません。
- チーズの保存性が高まる
- 酵素を調整し、チーズをゆるやかに熟成させる
- 表皮を安定させ熟成の土台を作る
塩の量や塩漬けの時間は、ミルクの状態やチーズの大きさにより微調整します。塩が強ければ風味を覆い隠してしまい、弱ければ熟成が不安定になります。羊乳のコクを引き立てつつ、長期熟成できるバランスを探します。
塩漬けでチーズはようやく「味を持つ存在」へと変わります。チーズ全体にまろやかなコクと奥行きが加わります。
燻製(行う場合):羊飼いの歴史から生まれた香り

バスクでは燻製されていないイディアサバルチーズが主流ですが、燻製されたスモークタイプも正式なイディアサバルチーズとして認められています。日本で流通しているイディアサバルチーズはスモークタイプが主流です。
かつて羊飼いたちが移牧中に暮らしていた石造りの小屋「ボルダ」で、暖炉の煙が屋根裏に吊るされたチーズを自然に燻し、燻製されたイディアサバルチーズが生まれました。湿気の多い山岳地帯では煙がチーズをカビから守るので、燻製の製法が受け継がれました。
現在燻製にはブナなどの木材が使われます。ミルクの風味を邪魔しないよう、ほのかに燻製香をつけます。プレーンタイプのイディアサバルチーズとはひと味違った味わいです。
熟成

塩漬けや燻製を終え、チーズを熟成庫へ移します。イディアサバルチーズは原産地呼称制度(D.O.P.)により最低60日以上の熟成が必要です。60日以上熟成させる作り手も多いです。

熟成中は温度と湿度をしっかり管理します。表皮の乾き具合や香りの変化を確認し、定期的にブラッシングしたり、チーズを裏返したりします。こうして外皮が均一になりカビの侵入を防ぎます。
時間とともにチーズから水分が抜け、内側ではタンパク質や脂肪の分解が進みます。イディアサバルチーズは若いうちはミルクの甘みと穏やかなコクが前面に出ますが、熟成とともにナッツのような香ばしさと力強い余韻が現れます。
検査と認証:イディアサバルを名乗るために

すべての工程を経たチーズが、無条件にイディアサバルチーズを名乗れるわけではありません。最後に原産地呼称制度(D.O.P.)による厳格な検査と認証が行われます。
外観、香り、味、食感といった項目について官能評価が行われます。基準を満たしたチーズだけが、イディアサバルチーズの証である刻印やラベルを与えられ市場へ出回ります。
認証制度は品質を保証するほか、模倣品や類似品から本物を守る仕組みでもあります。完成したイディアサバルチーズは1〜3キロほどのサイズで、しっかりとした硬さと豊かな風味をもつ逸品になります。
まとめ:伝統の技が守るイディアサバルの味
イディアサバルチーズはただ工程に従うだけでなく、羊の生乳を搾るところから始まり、すべての工程で職人の判断と経験が必要です。イディアサバルのチーズ作りは一貫して「効率」より「土地の味を表現すること」が優先されてきました。
同じ基準で作られていても、作り手ごとに微妙な違いが生まれ、それぞれの土地の風土と作り手の想いを感じられます。イディアサバルチーズが持つ力強さと奥行きは、バスクの風土そのものです。ぜひ一度味わってみてください。





