はじめに
スペイン北部、ナバラ州のピレネー山脈。そのふもと、エスカ川沿いに佇むロンカル村(バスク語でエロンカリ)で、毎年初夏に開かれるのが「ロンカルの日(Día de Roncal)」。この祭りの主役は、ピレネーの高地で育った羊のミルクから作られるロンカルチーズ。ナッツのような風味と濃厚なコクは、一口で記憶に残る味わいです。
祭りの内容はチーズだけではありません。伝統の音楽と踊り、職人の技、美食、そして村の人々の温かな営み。すべてが交わる一日は、まさに“バスクの原点”に出会える貴重な時間です。
今回は、ピレネーとチーズを愛するバスク在住の筆者が現地を訪れ、その魅力をたっぷりとお届けします。
Roncal村と「Día de Roncal」とは?
ピレネー山脈のふもと、エスカ川のほとりに佇むロンカル村(バスク語でエロンカリ)は、石造りの家々が静かに寄り添う、絵本のような山村です。かつてこの地ではロンカレス方言のバスク語が話されており、今も村の暮らしや習慣の中に、バスク文化の面影が色濃く息づいています。

中世には王国の防衛とキリスト教信仰の拠点として重要な場所でした。村の人々は戦いにおける功績から“貴族”として認められた歴史も。貴族の特権として通常の兵役を免れた住民たちは、誇り高き羊飼いとして独自の文化を築いてきました。
ロンカル渓谷では、夏と冬で大きく気候が変わるため、**「トラスウマンシア(移動放牧)」**と呼ばれる伝統的な放牧方法が今も続けられています。
5月から夏の終わりまでは、羊たちはピレネー高地の涼しい草原で過ごし、秋には雪を避けて、温暖なナバラ南部・バルデナス地方へと移動します。この乾燥地帯は一見不毛に見えますが、冬の牧草地として最適な土地です。


実はこの地の放牧権も、中世にロンカルの人々が戦で活躍した功績によって獲得したもの。千年以上受け継がれ、今も変わらず守られている暮らしの知恵です。
こうした歴史と文化への敬意を込めて、毎年初夏に開かれるのが「Día de Roncal」。祭り当日は、伝統のバスク音楽とダンスが広場をにぎわせ、羊毛の刈り取りや職人技の実演などが繰り広げられます。ロンカルチーズや地元ワインの試食も楽しみのひとつで、村の内外から多くの人々が訪れる、年に一度のにぎやかな祝祭です。



祭りの朝——村が活気づく瞬間


祭りの朝は、村全体が特別な空気に包まれます。 ピレネーの澄んだ空気の中、石造りの家々にバスク伝統の旗や装飾が飾られ、村人たちは伝統的な衣装やスカーフ、ベレー帽を身に着け、祭りの準備に大忙し!
広場には地元の職人による手作り雑貨や、タロ、ロンカルチーズ、地ビール、チョコレートなどの出店が所せましと並び、訪れる人々の目を楽しませます。観光客もカメラ片手に、伝統衣装をまとった村人と交流を楽しんでいました。
バスクの美食を食べ歩き!
ロンカルチーズ&地元ワインの魅力
祭りの楽しみといえば、やっぱり食。 特にロンカルチーズは必食です。羊乳100%で作られるこのチーズは特産品の証であるD.O.P.認証を持ち、ナッツのような香りと力強い旨味が特長。熟成期間や製法の違いによって風味が変わり、食べ比べも楽しいです。他にも牛乳で作られたチーズやフランス産チーズ、青カビやチーズケーキの出店まであり、盛りだくさん!

チーズのピンチョスや、地元のワインも楽しめます。



郷土料理のデモンストレーションも!羊飼いのミガス&マミア(クアハダ)
さらに見逃せないのが、郷土料理の「ミガス」と「マミア」。実際に目の前で作っているところを見学できます。
- 羊飼いのミガス:羊飼いのミガス:パンくずにニンニクやキノコ、ソーセージなどを加えて炒めたシンプルな料理。過酷な羊飼いの仕事を支えてきた、栄養たっぷりの力めしです。香ばしさが食欲をそそり、一度食べたらやみつきに。


- マミア(スペイン語はクアハダ):羊乳を固めて作る素朴なデザート。昔ながらの製法では、熱した石をミルクに入れて温め、木の器に注いで冷やし固めます。ほんのり移った石の香りとやさしい甘みがクセになる、どこか懐かしい味わいです。

伝統衣装を着た村人が昔ながらの方法で作る姿を見ながら、食べる料理は格別。まるでタイムスリップしたかのような気分でした。
食文化を通じて感じる地域の絆
バスクの食文化の魅力は、自然の恵みと受け継がれた知恵が絶妙に調和していること。ロンカル村の羊飼い文化もその一つで、長い歴史の中で育まれ、今も地域の誇りとして息づいています。
地元の食材をみんなで囲み、味わい、分かち合う——そんな日常のなかに、地域の絆が自然と育まれてきたのです。こうした食の背景に、土地の人々の誇りと情熱、そしてコミュニティの結びつきが深く息づいています。

まとめ:バスクの原風景に出会う旅
Roncal村の「Día de Roncal」は、食と文化、そして村の人々の温かさを体感できる特別な祭りでした。地元の人々と観光客が一緒になり、伝統を楽しみながら交流する姿は、バスクならではの“バスクの原風景”ともいえる食文化とコミュニティの魅力を感じさせてくれます。
次回の旅では、バスク各地で現地の食イベントに参加するなど、「食と文化の奥深さ」に触れる旅をしてみてはいかがでしょうか?
バスクの美食と文化をめぐる旅、きっと忘れられないものになるはずです!