ブドウ畑に包まれるレストランの風景と「チャコリ再興の地」
海と山に抱かれた、バスク最果ての街、オンダリビア(Hondarribia)。対岸にはフランスをのぞみ、中世の街並みに彩られた美しい旧市街、穏やかなビーチ、そして美食好きにもおすすめの素晴らしいレストランやバルがあります。
バスクに旅行される方に、そんなオンダリビアをおすすめする理由が、また一つ増えました。それは今回訪問したチャコリのワイナリー、イルスタ(Hiruzta)。この町に、2007年になって満を持して生まれたイルスタの物語は、この地でのチャコリ復興の物語でもあります。

この記事では、そんなイルスタのストーリーを紐解きながら、現地在住×ワインアドバイザーの視点から、実際のワイナリー訪問の様子を詳しくお伝えします!
歴史と背景:オンダリビアとイルスタをつなぐ、チャコリの記憶と再出発
チャコリというと、ゲタリアの名を思い浮かべる方が多いかもしれません。けれど、実はその主要ブドウ品種「オンダラビ・スリ」や「オンダラビ・ベルツァ」の名の由来となっているのは、ここオンダリビアの街。かつてはブドウ栽培が盛んでしたが、フランスとの国境近くであったことから、長らく戦場となり、17世紀にはブドウ畑は壊滅。
また、チャコリが復興の兆しを見せ始めても、長らくゲタリア産チャコリの原産地呼称(=特定の地域で、伝統的な方法で作られた本物ですよ、という証明)の対象からは外れており、正式に認められたのは2007年と、ごく最近のことでした。


そんな背景の中で満を持して誕生したのが、イルスタ(Hiruzta)です。バスク語で「三つ(Hiru)」を意味する名前には、創業に携わった家族三人の情熱が込められています。まさにオンダリビアの地で、チャコリ文化を再び根づかせようという新たな挑戦のはじまりでした。
伝統を受け継ぎながらも、決してそれに甘んじることなく、今の時代に合ったワイン造りへと昇華させていく姿勢。その土地に合った表現を丁寧に探りながら、イルスタはチャコリの“これから”を切り拓いています。
Hiruztaの哲学と、ガストロノミーで味わうチャコリの現在地
イルスタが生まれたときから掲げてきたのは、“チャコリを料理とともに楽しむ”という、食文化との強い結びつきでした。ワイナリー内には、バルとレストランが併設されていて、地元の新鮮な食材を生かしたメニューを、ワインとともに楽しむことができます。


私たちが訪れた日は、併設のレストラン「Sutan」がちょうどバケーション中で営業していなかったのですが、実際に足を運んだ方の話を聞くと、そこでもイルスタの哲学がしっかりと息づいているのが伝わってきます。
オンダリビアの街の名店「Alameda」の姉妹店であるこのレストランでは、チャコリとともに運ばれてくる一皿一皿には、バスクらしい食への情熱がぎゅっと詰まっているのだとか。シンプルながら素材の持ち味を活かした料理は、イルスタのワインと絶妙に寄り添いながら、窓の外に広がるブドウ畑とともに、記憶に残る“食の体験”へと昇華されていく。
気取らず、でも上質。そんな時間がこの場所には流れていて、「また戻ってきたくなる」と語るその人の言葉に、うなずきたくなりました。
訪問体験の流れ:チャコリとともに味わう、静かで贅沢な時間
ワイナリー基本情報
イルスタは、オンダリビアの町の郊外に位置しています。サン・セバスティアンからは車で約20分、オンダリビアからは車で10分ほど。
住所:Bº Jaizubia 266, 20280 Hondarribia, Gipuzkoa
ツアー概要(スタンダードプラン)
イルスタのワイナリーツアーは、予約制のスタンダードプランが基本。所要時間はおよそ50分ほどで、まずはブドウ畑と醸造施設の見学、そしてチャコリ2種(白・ロゼ)の試飲が楽しめます。
- 所要時間:約50分
- 料金:18ユーロ(税込み)
- 言語:英語、スペイン語、フランス語(事前選択)
- 内容:畑・醸造所見学 + 併設バルにて、チャコリの試飲体験
- 事前予約必須(公式サイトから簡単に申込み可)
- 曜日と時間:月曜から日曜、祝日。基本は12時もしくは13時
※記事作成時の情報なので、変更になる可能性があります。また、この他に、地元の食材を使用した「アマイケタコ」を楽しめるコースもあります。
実際の訪問の様子
わたしたちが訪れた日、すぐ前のグループはオランダやフランス、そして日本などからの海外の旅行者たち。地元だけでなく国際的にも注目されていることを改めて目の当たりにしました。
ツアーそのものはシンプルながら、ガイドの方の説明は丁寧で、何よりその場の空気に身を委ねることで、チャコリの背景にある情熱や自然との対話が、すっと心に染み込んでくるような感覚がありました。
ブドウ畑の散策:栽培の苦労とこだわり

バスクの大地は豊かですが、ブドウを育てるには決してやさしい環境とは言えません。特に海風と雨にさらされるこの地域では湿度が高く、病害のリスクが常につきまとうため、オーガニックでの栽培は困難を極めます。
それでもイルスタでは、土地の個性を尊重しながら、できる限り自然に寄り添ったブドウづくりを目指してきました。完全なオーガニックを貫いているのはこの辺りでは現時点で一軒のみとのことですが、それでも挑戦の手を緩めることはありません。理想と現実の間で揺れながらも、一歩ずつ前へ進む姿勢には、バスクらしい粘り強さと誠実さを感じます。


去年は冷夏でブドウが熟さず、今年は突然の猛暑と連日の雹害。青々と茂るブドウ畑のなかで、そうした自然を相手に日々奮闘する姿を語ってくださいました。
普段何気なく楽しんでいたワインの向こうには、そんな想いと時間が静かに息づいているようでした。
醸造所見学


畑での見学を終えると、案内されたのは、天井の高いモダンな醸造所。壁は石造りで、もともと採石場跡地に建てられた建物の壁をそのまま利用しているそう。自然が生んだ断熱性と保温性がワインの熟成に最適な温度と湿度を保ち、機能美と歴史が共存する空間に、思わず見惚れてしまいました。
ずらりと並ぶステンレスタンクの前では、チャコリの命でもある“泡”をどうやって繊細に残すかについて、丁寧な説明が。発酵温度の管理や工程にまつわる工夫など、ワインづくりの舞台裏が垣間見えるひとときでした。
さらに奥へと進むと、そこは「手作業ゾーン」と呼ばれる一角。リオハのワイナリーから譲り受けたというバリック(樽)が並び、一部のワインはここで静かに熟成を重ねているとのこと。隣ではスパークリングワインも仕込まれています。スパークリングはカバと同様、手間暇かかる伝統的製法で作られていますが、ラベルも1本1本、すべて手作業で貼られているのだとか。大量生産とは異なる、小規模生産者ならではの“ひと手間”に、作り手の丁寧な姿勢が滲んでいました。


そして見学の終盤には、ボトリングの設備もちらりと拝見。日々のワインがこうして形になっていく工程に立ち会うことで、グラスを傾けるときの気持ちも、どこか変わってくるような気がします。
ワイナリー内をもっとよく見てみたい方は、公式ホームページのバーチャルツアーからどうぞ。
バーでの特別な試飲:一杯のチャコリが語る、その先の物語


醸造所の見学を終えたあと、案内されたのはワイナリー併設のバルのテラス席。目の前にはやわらかな緑のブドウ畑が広がり、心地よい初夏の風が吹き抜けます。
この日の試飲でいただいたのは、イルスタを代表するスタンダードなチャコリ2種。 まずは白。グラスから立ち上る青リンゴと柑橘の爽やかな香りに、思わず深呼吸。口に含めば、ピチピチとした微細な泡が弾け、フレッシュな酸味が全体をキリッと引き締めてくれます。 続いてロゼは、より果実の輪郭がくっきりとした一本。ラズベリーやザクロを思わせる風味に、ほどよい厚みとジューシーさがあり、食欲を優しく後押ししてくれるような味わいでした。
どちらもとても親しみやすく、それでいてイルスタらしい品のよさが漂う、魅力的な2本です。

一緒にサーブされたのは、地元で愛される定番のピンチョス「ヒルダ」。オリーブ、ギンディージャ(青唐辛子の酢漬け)、アンチョビの組み合わせが、チャコリの酸と絶妙な相性。シンプルながら素材の良さが際立ち、添えられたパンにもワイナリーのこだわりが感じられます。
スタッフの方がそれぞれのチャコリの個性を丁寧に説明してくれたほか、「食事との組み合わせを楽しむならこちらもおすすめですよ」と、バルで飲める上級キュヴェや赤チャコリ、スパークリングの話も聞かせてくれました。こうしたさりげない会話にも、食とワインを楽しむ時間を大切にしているこの場所ならではの心遣いを感じます。




私たちもいくつかの銘柄をいただきましたが、とくに印象に残ったのが赤のチャコリ。一般的な赤チャコリに見られる茎っぽさや青さはほとんど感じられず、かわりにほんのり熟した果実の風味が、静かに、やわらかく口いっぱいに広がっていきます。
フレッシュで軽やかな赤チャコリらしさをしっかりと残しつつ、そこにイルスタならではの美しい酸と洗練されたバランス感が加わることで、一杯のなかに品のよさが際立ちます。予想以上の美味しさに、思わずグラスを見つめ直してしまいました。


いくつものチャコリと出会いながら眺める、初夏の風に揺れるブドウ畑。その向こうにはどこまでも続く青い空。その空とブドウ畑と、グラスの中の液体がひとつにつながっていくような、ちょっと不思議で、そして心に残るひと時でした。
実は、イルスタのワインは、日本でも楽しむことができるんです。そのほかのおすすめチャコリとともに、次の記事で紹介しています。
おまけ:嵐の午後と、サン・セバスティアンの甘い寄り道

この日、ワイナリー併設のレストランはちょうどバケーション中だったので、イルスタ訪問のあとはオンダリビアの街を散策して、美味しいバル巡りを楽しむ予定でした。ところが売店でワインを購入したちょうどその頃、空模様が怪しくなり、気づけば激しい風と雨に。街歩きどころか、海沿いに車を停めるのもためらうほどの嵐に見舞われてしまいました。仕方なく、オンダリビアのバル巡りは次回に持ち越し。
とはいえ、ここはバスク。すぐ近くには美食の都・サンセバスティアンがあります。気を取り直して車を走らせ、旧市街にあるカフェ「Maiatza」でひと休みすることにしました。Maiatzaは、ボリュームたっぷりのケーキ類と、ヘルシーで彩り豊かなブランチメニューが人気のカフェ。
住所:Enbeltran Kalea 3, 20003 Donostia-San Sebastián
この日は、夏になると食べたくなるメレンゲたっぷりのレモンタルトをチョイス。甘く香ばしいメレンゲとレモンの爽やかさは、雨に濡れた心と身体をやさしく包んでくれるような味わいでした。きめ細かい泡のカフェラテとともに楽しむ、贅沢な旅の締めくくりにぴったりの甘い時間となりました。



予定外の嵐が連れてきてくれた、思わぬバスクの甘い時間。次回は、オンダリビアの街を歩きながら、イルスタのスタッフに教えてもらったオンダリビアのおすすめバルも巡ってみたいと思いますので、お楽しみに!
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