はじめに:タロ作り体験で出会ったバスクの伝統
バスクに暮らして十数年。市場の喧騒やバルで交わすひと言、季節ごとの祭り──そんな日々のなかで、食はいつしか「文化」ではなく「風景」になっていました。
しかし、そのなかでずっと気になっていたのが、とうもろこし粉の平焼きパン「タロ」。お祭りの日には欠かせない存在で、湯気とともに手渡されるあの一枚は、どこか懐かしく、温かな味わい。けれど、何度食べてもどこかに残っていたのが、「これを自分の手で焼いてみたい」という想いでした。
ある日、その思いが偶然のご縁で叶います。地元でタロ文化を伝える友人の声かけで実現したタロ作り。材料はとうもろこし粉、水、塩の3つだけ。粉をこね、手で広げ、鉄板で焼き上げる素朴な工程の中には、言葉で伝えきれないバスクの“知恵と時間”が詰まっていました。
この記事では、タロ作りの名人直伝のレシピとともに、その焼きたての一枚に宿ったバスクの記憶と手ざわりを、少しでもお届けできればと思います。
タロ作り、いざ実践!
今回一緒にタロを焼いたのは、地元で「タロ継承会」のメンバーとして活動する友人たち。祭りやイベントで日常的にタロを焼く、まさにベテランの面々です。
友人たちは手際よく粉をこね、生地をのばし、次々と鉄板の上で焼き上げていきます。
一見簡単そうに見えますが、初心者のわたしたちがやってみると生地が破れたり、うまく伸びなかったり…。それでも「端っこの生地を貼り合わせればだいじょうぶ!」と隣から声が飛び、助けてもらいながら何とか焼き上げました。そうして焼き上がった一枚は忘れられない味に。

「タロ作りは簡単だけど、上手く焼き上げるには何度も作ってみることだよ!」
という友人の言葉をもとに、後日、自宅でも改めてタロ作りに挑戦してみました。材料も工程もとてもシンプルなのに、水加減や粉の扱いで仕上がりが大きく変わるという点で、やはり奥深い。友人たちと作ったときのような、屋台の外側がパリッとした完璧なタロ…とはいきませんでしたが、焼きたての香ばしさと素朴な甘みに、じゅうぶん満足できました。
ここでは、友人に教えてもらったレシピをもとに、自宅でのタロ作り体験をふまえつつ、日本のキッチンでも再現しやすいようポイントを交えて、材料や作り方をご紹介していきます。
材料と道具:必要なのはこれだけ
生地の材料(約15〜20枚分)
- とうもろこし粉(できれば有機栽培・粒子が細かいもの)…1kg
※750gは生地用、250gは打ち粉・調整用 - ぬるま湯…約1カップ
- 塩…ひとつまみ
あると便利な道具
- 大きめのボウル(生地をこねる用)
- 木のまな板(生地がくっつきにくく作業しやすい)
- 鉄板または厚手のフライパン

粉選びのポイント
日本で挑戦された方から「粉選びが難しかった」という声をよくいただきます。わたし自身は現地在住のため、日本で市販されている粉を実際に試すことはできませんが、以下のような感想が寄せられています:
- コーンミール:香りや粒感はタロに近いが、やや粗いため成形しづらいことも
- コーンフラワー:粒子が細かく扱いやすいが、水分量の調整がやや難しい
理想は、細かすぎず粗すぎない、つかむときゅっと固まる質感の粉。レシピ内の写真や粉の断面を参考に、自分に合うものを見つけてみてください。

生地づくり
生地用のとうもろこし粉(約750g)に塩をひとつまみ加え、山状に盛る。中央をくぼませ、ぬるま湯を少しずつ注ぎ入れる。

すこしづつ生地をまぜてまとめたら、ボールの中で手で押しつけるようにこねていく。最初はパサつくが、だんだんまとまってくる。
「耳たぶより少し硬め」が理想。まとまらない場合はぬるま湯を、柔らかすぎるときは打ち粉用の粉を足して調整する。
しっかりこねることが大切。手のひらでぎゅっぎゅっと、しっかりと力を入れて練ると、焼いたときの仕上がりが格段によくなります。
シリコンマットの上で作業する場合は、パスタ生地を扱うときのように、生地を手のひらでのばしては折りたたみ、またのばすという動作を繰り返すと、よりなめらかに仕上がります。


成形と焼き
レシピに厳格な大きさはありませんが、参考程度に大体の大きさを追記しました。
生地を直径5cmほどに分けて丸める。
打ち粉をした木のまな板の上で、直径15cmほどに広げる。厚みの目安は約2mm。
シリコンマットだとかなりくっつくので、しっかり打ち粉をしてください。

丸い木の成形板があると便利だが、手のひらで打ち付けるようにして形を整えていけばOK。生地を伸ばすのに綿棒やプレス機は使いません。
多少いびつでも大丈夫です。破れても端の生地で貼り合わせれば問題なし。
※焼くとデコボコの表面が膨らんだり焦げ目がついたりして、食感のポイントになります。
出来た生地は乾燥しやすいので、すぐに熱した鉄板またはフライパンで焼く。全体が白っぽくなってきたら裏返す。両面に香ばしい焼き色がつくまで焼いてください。

好みの具材を挟んで、いただきます
現地ではチストラ(バスク州やナバラ州で親しまれている細長くて脂の多いジューシーな生ソーセージ。にんにくとパプリカパウダー入り)やベーコン、羊乳チーズなどを挟むのが定番。



日本では手に入りにくいものもあるので、次のような食材でアレンジすると現地に近い形でおいしくいただけます:
- あらびきソーセージ
- スライスチーズ&ベーコン
- とろけるチーズ
- 板チョコやチョコペースト(スイーツ系に)
焼きたてに具材をのせて、そのまま手で持ってぱくっと。タロは道具も材料もシンプルながら、焼くたびに毎回表情が違うのも魅力です。決して整っていなくても、そこにしかない味が生まれます。
バスクの日常にふれた時間
タロを焼いていたあの時間は、ただ料理をしていたというより、バスクの暮らしの一部にそっと入り込んだような感覚でした。
バスク地方の共同キッチン&食堂である「ソシエダ」で、友人たちとタロ作りをしたときは、まわりにいた人たちが「タロの匂いだね」「懐かしいな」と声をかけてくれたり、「味見してもいい?」と自然に輪が広がっていきました。食べ物が人を引き寄せ、会話が生まれ、笑顔が交わされる——バスクならではの光景です。
バスクでは、食べることは人と人をつなぐ大切な時間。タロのような素朴な料理にも、そうした文化がしっかりと息づいているのだと感じました。
まとめ:その一枚に、バスクの風がふきぬける
粉をこね、手のひらで生地を伸ばし、焼き上がりを待つあの時間。シンプルな工程のなかに、バスクという土地の風土や人々の暮らしが息づいているのを感じました。熱した鉄板の上でぷくりと膨らむ生地の香ばしさ、焼きたてを頬ばった瞬間に広がる素朴な甘さ——それは、どこか懐かしくてあたたかな記憶のようでもあります。
もしこのレポートを読んで「自分でも焼いてみたい」と思っていただけたなら、ぜひ、日本の台所でタロを焼いてみてください。必要なのは、とうもろこし粉と塩と水、そしてちょっとの好奇心だけ。焼き上がった一枚を手に取ったその瞬間、きっと、遠く離れたバスクの空気が、あなたの食卓にもそっと吹き込んでくるはずです。